邂逅2017/11/15

旅行で、同室者や隣席の人との会話から、人と人とのつながりの不思議さを思った。

まず、初めて旅先で同室となった人が、私の連れ合いの従弟と長門市で同じ職場であったこと。

バスでの隣席者との会話から、私の高校時代の同級生(故人)と従妹という。

旅先での食事の際に、右隣の人が、私の住まいを聞き、その人の父が私と同じ町に住んでいたという。名前は、と聞くと○○という。その名前はよく知っており、○○さんとは同じ職場にいた。そして、隣席の人が、仲間と絵画展を開くという。その仲間が、私の高校時代の同級生であった。

話が弾む。

これが世の中の邂逅というものだろう。

逆縁の盃2017/11/24

「逆縁の盃」の映画を途中から見た。

北島三郎が主演で、三益愛子、菅原文太、若山富三郎などが共演者だった。

驚いたのは、北島三郎主演の兄弟仁義シリーズがあったことである。 「逆縁の盃」のストーリーは、きわめて日本人の涙を誘うものであり、それなりの面白さがあった。

この映画を見て考えさせられたのは、家族や近隣の人々との接し方があまりにも事務的ではないか、つまり本音での付き合いができていないのではないか、という寂寥感である。

そのために、本気がどのようなものかは、分からない。

人生75歳にして何ほどのことが分かったろうか。

先日の話ではないが、年を取るにつれて、何かに打ち込むものがあれば、幸せといった人がいた。

それはそうかも知れない。

自分なりに考えて、納得がいけば、それもいいのではなかろうか。