再び『対談 昭和史発掘』2020/02/15

 再び『対談 昭和史発掘』(文藝春秋 刊)に触れる・
 2020年2月5日にこの本について書いた折に、この本には2篇が収められていると書いた。
 ここで、その2篇について少し書いてみる。
 1 政治の妖雲・穩田の行者
 2 「お鯉」事件
 1 飯野吉三郎(1867-1944)    「彼は明治の終わりから大正にかけて日本のラスプーチンとかいわれ、その怪物ぶりを発揮した人物である(松本清張はいう)。
 飯野は、ロシアのラスプーチンや弓削道鏡のように、時の権力者に取り入った。  彼の交友歴は、元老山県有朋の庇護を受けて幅広く、下田歌子との艶話にも事欠かない。
 山県の死とともに、飯野検挙に向けて警視庁が、飯野の逮捕に動き出し逮捕される。 しかし、最後には免訴となった。
 時の権力者に忖度するのは、今も変わりはない。
 「国家主義、軍国主義の擡頭期には、このような人物が必ず現れるものだ(松本清張)。

2 安藤てる(1880-1946)  彼女は、芸妓から桂太郎の愛妾を経て、多くの人生経験を踏まえ、目黒の羅漢寺の尼僧となって、その一生を閉じた。。
 彼女は、拘置所にあって、55歳になっても、月経過多で看護婦がついていたという。才色兼備の女であったという。
 彼女は、当時の斎藤内閣(1932-1934)打倒を試みた事件(いわゆる「お鯉事件」)に巻き込まれたが、彼女は、1936年執行猶予3年の大審院判決となった。
 安藤てる(お鯉)は、「いわば検事局の事件攻略の道具になったようなものだから、検事たちも同情したのである。(松本清張)」
 
松本清張のいくつかの作品に触れるにつけ、事実を究明して、ことに真相を明らかにするのが心地いい。

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